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千葉地方裁判所 昭和59年(ワ)451号 判決

原告 株式会社東洋ホーム

代表者代表取締役 金澤建二

訴訟代理人弁護士 清水徹

同 田島義久

被告 株式会社千葉興業銀行

代表者代表取締役 吉原三郎

訴訟代理人弁護士 浜名儀一

主文

一、被告は原告に対し金三〇〇〇万円並びにこれに対する昭和五九年三月七日から昭和六〇年三月七日まで年三・五七五パーセントの割合による金員及び昭和六〇年三月八日から完済に至るまで年〇・九七五パーセントの割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、申立て

一、原告

1. 主文第一項と同旨

2. 訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二、被告

1. 原告の請求を棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二、主張

一、原告の請求原因

1. 原告は、昭和五九年三月七日、被告の館山支店において、被告に対し、預金名義人の住所・氏名を「館山市北条一七七九番地・石川建二」として、次の三口の定期預金(以下これらを合わせて「本件定期預金」という。)をした。

(一)  預金番号 三二三九〇〇一・〇〇一

金額 一〇〇〇万円

期間 一年

利率 年五・五〇パーセント

満期日 昭和六〇年三月七日

(二)  預金番号 三二三九〇〇一・〇〇二

金額 一〇〇〇万円

期間・利率・満期日は(一)と同じ

(三)  預金番号 三二三九〇〇一・〇〇三

金額 一〇〇〇万円

期間・利率・満期日は(一)と同じ

2. 原告が本件定期預金をした経緯は、次のとおりである。

(一)  原告の代表者金沢建二は、昭和五九年二月上旬ころ知人の訴外佐藤則之から、「館山市波佐間七七番地一に住む訴外佐野正一が協力預金者を捜しているので、協力してほしい。」と頼まれ、これを承諾して、同年三月五日ころ佐野との間に、「原告は、石川姓を用いて被告の館山支店に三〇〇〇万円の定期預金をする。石川の住所を館山市北条一七七九番地とし、名前を原告代表者の建二とする。佐野は、原告に対し謝礼として九〇万円を支払う。期間は同年三月七日から一年とする。」と取り決めた。

(二)  原告は、同年三月六日訴外小川信用金庫(三芳支店)から預金の五〇〇万円を払い戻した上、同月七日訴外朝銀東京信用組合(池袋支店)から二五〇〇万円を借り受けて、現金三〇〇〇万円を用意した。

(三)  原告の代表者金沢建二は、同年三月七日現金三〇〇〇万円を所持して、佐野正一とともに被告の館山支店に赴き、架空の人名であった「石川建二」の名義を用いて、原告のために本件定期預金をした。

出来上がった総合口座通帳は、佐野が館山支店の行員から受け取ったが、佐野は、その場で直ちにこれを原告の代表者金沢に交付した。原告は、現に本件定期預金の総合口座通帳と届出印鑑とを所持している。

3. そこで、原告は、被告に対し、本件定期預金の元本三〇〇〇万円並びにこれに対する昭和五九年三月七日から昭和六〇年三月七日までの約定利率の範囲内である年三・五七五パーセントの割合による約定利息及び満期日の翌日の昭和六〇年三月八日から完済に至るまでの年〇・九七五パーセントの割合による約定利息の支払を求める。

二、請求原因に対する被告の答弁

1. 1のうち、被告が原告主張の日に原告主張の預金名義人による本件定期預金を受け入れた事実を認めるが、原告が本件定期預金をした事実を否認する。

2. 被告が本件定期預金を受け入れた経緯及びその後の事情は、次のとおりである。

(一)  佐野正一と金沢建二は、昭和五九年三月七日午後二時一〇分ころ被告の館山支店を訪れ、期間一年・金額一〇〇〇万円の定期預金三口を、総合口座にセットして預金したいと申し入れたので、被告は、これを承諾し、本件定期預金を受け入れた。

その際には佐野が、預金について一切の交渉を行い、現金三〇〇〇万円を同支店の担当者に交付するなどして、預金者として振舞った。金沢は、普通預金収入伝票、総合口座新規申込書等に、「館山市北条一七七九、石川建二」と書き込んだだけで、一言も話さなかった。被告は、総合口座通帳を佐野に交付した。

(二)  佐野正一は、同日午後二時五六分ころ同支店を訪れて、物を捜すような素振りを見せ、一たんは帰ったものの、同日午後三時〇五分ころ再び同支店を訪れて、担当者に対し、「先ほど預金した通帳を紛失してしまったので。再発行してほしい。」と申し入れた。更に佐野は、同日午後三時三〇分ころ同支店の担当者に対し、「預金の残高証明書を発行してほしい。」と申し入れたが、担当者から追及されて、「前記預金は訴外石川元一の金員であり、自分が依頼を受けて預金をしたので、私が預金をしたとの証明をしてほしい。」と弁解した。

ところが、佐野は、その後訴外大島恒男を代理人として被告に対し、「名前は違うが、預金をしたのは佐野であり、預金通帳を再発行してくれないのは差別行為である。」などと強硬に申し入れ、同支店に居坐ったりした。

(三)  石川元一は、同年三月九日佐野正一とともに同支店を訪れて、担当者に対し、「石川元一が真の預金者である。預金は自分の不動産を売却した代金であり、弟の石川建二名義を使って預金をさせた。」などと説明し、預金通帳の再発行を強く要求した。

(四)  金沢建二は、同年四月四日同支店を訪れて、担当者に対し、預金通帳と印鑑を提示した上、「預金の申込書類は、すべて自分が記入した。それは銀行側も知っているはずである。住所・氏名は、佐野正一の強い要請に応じて、石川建二としたまでである。自分が真の預金者である。定期預金を解約したい。」と申し入れ、その後もこれを繰り返した。

(五)  ところで、被告は、その都度佐野正一、石川元一及び金沢建二に対し、本件定期預金の真の預金者であることを証明する資料を提出するように要求したが、右の者らは、いずれも被告にその資料を提出しなかった。また、金沢は、これまで被告に対し、本件定期預金が原告の金員によるものであったということを、説明したことがなかった。

(六)  なお、石川元一には訴外石川賢二という弟があるが、「石川建二」という者は実在しない。

したがって、本件定期預金は架空名義をもってなされたものであり、しかも、佐野正一、石川元一及び金沢建二がそれぞれ預金者であると名乗り出ているので、被告は、真の預金者を知ることができない。

3. それに、仮に原告が真の預金者であったとしても、原告は、本件定期預金について分離課税を選択したので、被告は、本件定期預金の利子所得について三五パーセントの税額を源泉徴収する義務があるし、また、本件定期預金は、満期日以後は普通預金となる。したがって、被告は、利息としては、満期日までは年三・五七五パーセントの割合、満期日以後は年〇・九七五パーセントの割合による各金員の支払義務を負うにとどまる。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、被告が昭和五九年三月七日被告の館山支店において預金者の名義人を「館山市北条一七七九番地・石川建二」とした本件定期預金を受け入れた事実は、当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができる。

1. 原告は、不動産業を営む株式会社であるが、原告の代表者金沢建二は、昭和五九年二月下旬ころ知人の佐藤則之から、「館山市に住む佐野正一のために協力預金をしてほしい。一箇月当たり三パーセントの報酬をもらえるから。」と頼まれ、これを承諾して、同年三月三日ころ佐藤から、預金額三〇〇〇万円に対する一箇月分の報酬として九〇万円を受け取った。

2. 金沢建二は、同年三月五日館山市で佐野正一と会い、佐野との間に、「名義人を館山市北条一七七九番地に住む石川建二として、被告の館山支店に三〇〇〇万円の定期預金をする。期間を一年とするが、二箇月で中途解約する。」などと取り決めた。

3. 原告は、同年三月六日小川信用金庫(三芳支店)の普通預金から五〇〇万円を払い戻した上、同月七日朝銀東京信用組合(池袋支店)から二五〇〇万円を借り受けて、現金三〇〇〇万円を用意した。

4. 金沢建二は、同年三月七日現金三〇〇〇万円を所持して、佐野正一とともに被告の館山支店に赴き、佐野が同支店の担当者に対し、「三〇〇〇万円を定期預金したい。」と申し入れて、現金三〇〇〇万円を提示した上、担当者と折衝し、あたかも自分が預金者であるかのように振舞った。その結果佐野は、担当者との間で、「石川建二の名義で総合口座を開設する。三〇〇〇万円を一たん普通預金として預け入れた後、一口の金額を一〇〇〇万円とする三口のリレー定期預金に振り替える。利子所得については分離課税を選択する。」などと取り決めた。

その際金沢は、本件定期預金のことについて一言も話さず、ただ普通預金収入伝票及び印鑑番号票の各住所氏名欄に「館山市北条一七七九、石川建二」と、普通預金払戻請求書の氏名欄に「石川建二」とそれぞれ記入して、これらの書面に「石川」と刻した印鑑を押捺したにとどまった。

被告の同支店の担当者は、預金者であるかのように振舞った者の本名が佐野正一であったことを知らず、また、これに同行した者の本名が金沢建二であったことを知らなかったばかりでなく、石川建二という者が実在するかどうかも知らなかったが、同日佐野から現金三〇〇〇万円の交付を受けて、石川建二名義の総合口座(口座番号三二三九〇〇一)を開設し、総合口座通帳を作成して、これを佐野に交付した。

二、その後の事情を見るに、〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができる。

1. 金沢建二は、昭和五九年三月七日被告の館山支店において佐野正一から本件定期預金の総合口座通帳を受け取り、同日午後二時五五分ころ佐野とともに同支店を退出した。

ところが、佐野は、その直後同支店に戻って、物を捜すような素振りを見せ、「通帳を無くした。」と言い残して同支店を出たが、同日午後三時〇三分ころ再び同支店を訪れて、担当者に対し、「先ほど預金した通帳を紛失したので、再発行してほしい。」と申し入れた。同支店ではこれに応じなかったところ、佐野は、同支店を出たが、同日午後三時三〇分ころ電話で同支店の担当者に対し、「預金の残高証明書を発行してほしい。」と申し入れた。

同支店では、そのころ預金者であるかのように振舞った者が佐野正一であったことを知り、預金者の身元に不審を持つたので、同日館山市役所において、北条一七七九番地世帯主訴外石川三郎の住民票謄本の交付を受けたところ、それには三郎・千鶴の二男として石川賢二(昭和二六年一二月一九日生)の氏名が登載されていたが、石川建二の氏名は登載されていなかった。

2. 佐野正一は、昭和五九年三月八日館山警察署長に対し、本件定期預金の総合口座通帳を遺失した旨届け出たが、被告の館山支店は、佐野に対し残高証明書を発行しなかった。

3. 石川元一は、石川賢二の兄であるが、同年三月九日佐野正一とともに被告の館山支店を訪れて、担当者に対し、

「弟の名義を使って、佐野に預金をさせた。預け入れた三〇〇〇万円は、自分が不動産を四八〇〇万円で売却して得た代金の一部である。自分が預金者であるから、預金の残高証明書を発行してほしい。」と申し入れた。

また、元一は、同月二六日館山市農業協同組合管理部貸付係長訴外高山昇に委任して、被告の館山支店に対し、「本件定期預金を払い戻してほしい。」と申し入れた。

4. 更に、佐野正一は、同年三月三〇日訴外大島某に委任して、被告の館山支店に対し、「預金の残高証明書を発行してほしい。発行しないのは、同和問題での差別である。」と申し入れた。

5. そして、金沢建二は、同年四月四日被告の館山支店を訪れて、担当者に対し、本件定期預金の総合口座通帳と届出印鑑を提示した上、「自分が石川建二で、この預金は自分のものである。」と申し出たが、担当者から今までの経緯を説明されるに及んで、「私は金沢建二である。」と初めて本名を名乗り、「佐野正一から頼まれて協力預金をした。佐野の指示に従い、石川建二の名義を使用した。」などと説明した。

6. 被告の館山支店及び本店の各担当者は、その都度佐野正一、石川元一及び金沢建二に対し、本件定期預金の真の預金者であることを裏付ける証拠資料を提出するようにと要求したが、右の者らは、いずれもその資料を提出しなかった。しかも、金沢は、被告の館山支店に二回、本店に一回訪問して、いずれも担当者に対し、「真の預金者は金沢建二である。」と述べていたのであり、金沢がその担当者に対し、「真の預金者は株式会社東洋ホームである。」と述べたことはなかった。

したがって、被告としては、本件定期預金の真の預金者が誰であるかを知ることができない状態に置かれていた。

三、そこで、本件定期預金の預金者について考察するに、前記一の3に認定したとおり本件定期預金の資金とされた三〇〇〇万円は、原告が用意したものである。しかし、前記一の1及び2に認定したとおり金沢建二は、佐野正一のために三〇〇〇万円の協力預金をして、一箇月当たり三パーセントの報酬を取得しようとしたのであるから、金沢は、原告の代表者としてではなく、むしろ金沢個人として、その三〇〇〇万円を定期預金のために出捐し、高額の報酬を取得しようとしたものと見ることができるのであって、前記二の5及び6に認定したとおり金沢は、被告の担当者に対し、金沢個人がその預金者である旨を申し出たことがあっても、原告の株式会社のことについては何ら触れることがなかったのである。そして、原告代表者の供述によっても、金沢は、現にその預金者が金沢個人であると認識しているというのである。

それにもかかわらず、原告は、本件定期預金の預金者であるとして、本件訴訟を提起し遂行しているのであるが、原告の代表者である金沢が、その代表者尋問において前記のような供述をしながらも、金沢個人がその預金者であるとして訴訟を提起し遂行するような気配を示さず、また、金沢個人が原告から現金三〇〇〇万円を譲り受けたような事情も明らかでないことなどを考えると、結局のところ、原告の主張するように、原告が三〇〇〇万円を出捐して、本件定期預金をしたものと認定するほかないものというべきである。

四、してみれば、原告は、請求原因1のとおり、被告に対し本件定期預金をしたのであり、その満期は昭和六〇年三月七日であったのであるから、被告に対し、請求原因3のとおり、本件定期預金の元本及び約定利息の支払を求める原告の請求はすべて正当であり、これを認容すべきである。

しかし、本件定期預金の正当な預金者に関する紛争は、原告の代表者金沢建二が協力預金という趣旨の不明瞭な預金を石川建二という架空名義を用いて行ったことに端を発したものであり、しかも、原告が預金者であるということは、本件訴訟において初めて提示されたものであるから、訴訟費用については、民事訴訟法九〇条の規定に従い、その全部を原告に負担させることとするのが相当である。

また、原告の申立てに係る仮執行の宣言については、本件定期預金の正当な預金者を確定するについて前記三に説示したような事情があること、そのような事情のもとで仮執行をした場合には被告に著しい損害が生ずるおそれがあることなどの点にかんがみ、その必要があるものと認めることができないので、これを却下することとする。

そこで、主文のとおり判決する。

(判事 加藤一隆)

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